“空冷ポルシェ”の最後を飾ったスポーツカーファン永遠の憧れポルシェ「911」(Type993)

“空冷ポルシェ”の最後を飾ったスポーツカーファン永遠の憧れポルシェ「911」(Type993)

誕生以来、半世紀以上の長きに渡り、世界中のスポーツカーファンを魅了し続ける名車がある。それが、ドイツの名門・ポルシェのアイコンともいうべき「911」だ。

 

ポルシェは1931年、“ビートル”の愛称で親しまれたフォルクスワーゲン「タイプI」を設計したフェルディナント・ポルシェが設立。当初は、設計とエンジニアリングを手掛ける小さな企業だったが、1948年、フェルディナントの息子であるフェリーが、同社初の市販車「356」を開発し、スポーツカーメーカーとしての第一歩を記す。

その後、フェルディナントは1951年に逝去したものの、フェリーは356を進化させるなど事業を継続。北米マーケットで成功を収めるなど、356は最終的に約7万7000台のセールスを記録する。

 

処女作からスポーツカービジネスで成功を収めたポルシェが、次なるステップへと踏み出したのは1963年のこと。きっかけとなったのは、356の後継モデル「911」の誕生だ。911はデビュー後間もなく、スーパーカーブームの一躍を担う注目株へと成長。以降、現在に至る55年以上もの間、歴史モデルが世界中で高い評価を獲得し続けている。

911が高く評価される理由、それは、何といっても走行フィールに尽きる。初代から現行モデルに至るまで、911はリアタイヤに十分な荷重が掛かるRR(リアエンジン/リアドライブ)レイアウトと、低重心の水平対向エンジンを一貫して採用。それらが紡ぎ出す強力なトラクション性能とスムーズで自然な操舵フィール、滑らかなエンジンの吹け上がりなどは、いつの時代も一級品だ。そこに、“バイザッハ”と呼ばれる自社のテストコースで磨き込まれた卓越したブレーキと軽やかなフットワークとが相まって、いつの時代も精緻な乗り味を提供し続けている。

そうした911のヒストリーにおいて、現在、マニア垂涎の1台となっているのが、第4世代の“タイプ993”だ。ポルシェは356の時代から、長年、エンジンの冷却システムに空冷式を採用していたが、このモデルを最後に、すべてのエンジンを水冷式へと変更。つまり空冷式の最終章を飾ったのがタイプ993というわけだ。

空冷式とはその名の通り、エンジンを直接、空気で冷却する方式で、エンジンのシリンダーヘッドやシリンダーブロックの周囲には、冷却効果を高めるためのフィンが設けられている。エンジンから生じた熱がこの冷却フィンへと伝わり、大気中へと放散される仕組みだ。

 

ポルシェが長きに渡って空冷式にこだわり続けた理由は、構造がシンプルな点にある。空冷式は、ラジエーターなど重量がかさむ補機類で不要なほか、シリンダーブロック内に冷却水が通るウォータージャケットを設ける必要もないことから、必然的にエンジンの軽量化につながる。軽さはスポーツカーにとって外せない要素だが、当時のポルシェはそうしたスポーツカーづくりの“一丁目一番地”を真摯に追求し続けていたことがうかがえる。

 

しかし、性能向上とともに、911の水平対向エンジンは発熱量が増大。空気による冷却でそれらをコントロールすることは限界に達しつつあった。さらに、厳しくなるばかりの排出ガス規制に対しても、空冷式は不利とされていた。そうした状況を鑑みて、ポルシェは熟成を重ねてきた空冷エンジンの継続採用を断念。後継モデル“タイプ996”以降は、水冷エンジンへのスイッチを決断することになる。

 

こうして最後の空冷エンジン車となったタイプ993は、今やポルシェマニアの間で“最後の911”と神格化されている。エクステリアは、一見、“代わり栄えしない”911らしいものだが、実は前身の“タイプ964”に対し、ルーフラインを除くほぼすべてのパーツを刷新。特にリアフェンダーは大幅に拡幅され、グラマラスな曲面フォルムへと生まれ変わった。

また、ボディと一体化された前後バンパー、ボディとの段差が小さくなったサイドのガラス面、盛り上がりが小さく抑えられたフロントフェンダーなど、ディテールも変更。911のDNAを継承しつつも、新たな時代の到来を告げるデザインとなった。

タイプ993の技術面で特筆すべきは、一新された足回りだ。新採用のマルチリンク式リアサスペンションは、しなやか、かつ安定感ある走行フィールを実現。それまでの911は硬派な乗り味が特徴だったが、足回りの一新で一気にモダンなスポーツカーへと進化した。ちなみにリアフェンダーの拡幅は、この足回りを収めるためだったともいわれている。

 

タイプ993は空冷エンジンを積む“最後の911”となったものの、ポルシェは水平対向エンジンを進化させ続けた。リアフェンダーの拡幅に合わせ、従来モデルから排気系を改善した初期のエントリーモデルは、最高出力は272馬力を発生していたが、1995年のマイナーチェンジでは独自の可変吸気システム“バリオラム”を組み合わせることで、285馬力へとパワーアップ。このほか、歴代モデルで初めて、ツインターボチャージャーを採用した「911ターボ」を世に送り出すなど、水冷エンジンの性能追求はモデル末期まで続いた。

2020年の今、改めてタイプ993に触れてみると、やはり空冷式ならではのエンジンサウンドが新鮮に感じる。シンプルな構造だからか、燃焼に伴う「シャー」というエンジンサウンドが否応なしに耳へと届く。宿敵フェラーリのそれのように官能的とはいいがたいが、精密な機械がいい仕事をしているという印象だ。ポルシェ好きの中には、この独特のサウンドを「胎盤を流れる血液の音」と表現するマニアもいるという。人間にとっての根源的な記憶を思い起こさせる音だからこそ、ポルシェの水冷エンジンはクルマ好きの本能をくすぐるのだろう。

最新の911に搭載される水冷エンジンは、空冷式の時代に比べて加速力や走行性能が格段の進化を遂げているが、昔のポルシェを愛する人々は皆、何か物足りないと口々にいう。最新の911は、最強かつ最良のポルシェであることに疑いの余地はないが、ポルシェ好きにとって“最高のポルシェ”は、空冷エンジンを搭載する最後の911=タイプ993なのである。

Author: アップ・ヴィレッジ



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