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「最善か無か」を旗印に掲げた往時の“メルセデスの良心”を今に伝える <メルセデス・ベンツ「Eクラス」(W124)>

「最善か無か」を旗印に掲げた往時の“メルセデスの良心”を今に伝える <メルセデス・ベンツ「Eクラス」(W124)>

世界最古の自動車メーカーとして知られるドイツの名門・メルセデス・ベンツ。現在でこそコンパクトハッチバックの「Aクラス」や小型SUVの「GLA」など、手の届きやすいモデルを多数取りそろえる同ブランドだが、1990年代前半くらいまでのラインナップは、まさに少数精鋭と呼ぶにふさわしいものだった。 主軸は、エントリーモデルの「190E」(「Cクラス」の前身)、ミドルサイズの「ミディアムクラス」(後の「Eクラス」)、フラッグシップの「Sクラス」というセダン3本柱。そのほか、EクラスとSクラスをベースとしたクーペ、2シーターオープンスポーツの「SL」、クロスカントリー4WDの「Gクラス」といった趣味性の高いモデルも取りそろえてはいたが、いずれも生産台数は限られていた。 そんな数少ないラインナップで、メルセデスが自動車ビジネスを継続できたのはなぜか? コストの制約や販売競争が現在ほど厳しくない大らかな時代だったことも理由のひとつだが、最大の要因は何といっても、メルセデスのクルマ作りに対する崇高な信念が各モデルに貫かれていたからだろう。 それは、メルセデスの創始者であるゴットリーブ・ダイムラーが掲げた“最善か無か”という信念。ファクトリーから送り出されるプロダクツは、品質や安全性といったすべてにおいて、最高水準にまで磨き抜かれたものでなくてはならない、という考え方だ。 そうした信念に共感を抱く多くの人々から、高い支持を集めた名車が、1984年の晩秋に発表されたミディアムクラス/Eクラス(W124)だ。11年間のモデルライフにおいて、ステーションワゴン(S124)やクーペ(C124)、カブリオレ(A124)といった派生モデルをラインナップに加え、シリーズ累計273万台以上のセールスを記録。当時のメルセデスのベストセラー記録を塗りかえてみせた。 “最善か無か”の信念の下、W124の開発がスタートしたのは1977年のこと。コストがふんだんに投下され、ボディには高張力鋼板などの軽量化素材が多数採用された。また安全性においても、強固なキャビンや前後に設けられたクラッシャブルゾーンにより、当時としては先端をゆく前面オフセット衝突に対応するなど、妥協のない設計が施された。 一方、速度無制限区間のあるドイツ・アウトバーンでの高速性能を重視し、風洞実験室でのテストを繰り返すことで空気抵抗を低減。結果、前身のモデルに対し、燃費性能も改善している。 そうしたこだわりは、細部に至るまで貫かれている。例えば、リアのコンビネーションランプは、ドロなどが付いても後方からの被視認性を確保できるよう、表面のパネルに凹凸が設けられているし、前後シートは快適な座り心地を実現するため、スプリングやクッションの間に動物の毛やヤシの実の繊維を挟んで通気性を確保するなど、今見ても思わずうならされる秀逸なアイデアが垣間見える。 そんなW124の形容詞としてしばしば用いられるのが、“オーバークオリティ”や“金庫のような剛性感”といった言葉だ。2020年の今、改めてEクラスセダンに触れてみると、そうした言葉が決して誇張されたものではないことを実感させられる。 まず車内に乗り込む段階から、オーバークオリティという言葉が脳裏に浮かぶ。「ガチャリ」と鈍い金属音を伴って閉まるドアは、重い金庫の扉のように重厚。走り出してもその印象は変わらない。ボディは「ミシリ」ともいわず、35年以上も前に誕生したモデルとは思えないほど高い剛性感を感じさせる。 また、踏みごたえのあるアクセルペダルは、微妙なスピードコントロールを可能にしてくれるし、小さな力でもしっかり握れる径の大きいハンドルは、ロングドライブ時の疲労感を軽減してくれる。今の時代にはお目にかかれない往時のメルセデス特有のパーツ類も、このように理に適ったものなのだ。 まさに非の打ちどころがないと感じる、往時のメルセデスのクルマづくりだが、残念ながらこの後、より厳しさを増す環境性能への要求や、利益追求のためのコストダウン、そして、他社との熾烈な販売競争などにより、“最善か無か”のスローガン自体、使われなくなってしまった。 2010年代後半、再び“最善か無か”のスローガンが掲げられるようになり、最新のメルセデスはいずれもクオリティが大幅に高まってきているが、そこに往時のW124の面影はない。確かに、いいクルマぞろいではあるものの、オーバークオリティや金庫のような剛性感といった印象のW124とは方向性の異なる、イマドキのいいクルマなのである。 つまりW124は、“最善か無か”のスローガンの下、徹底的にこだわって開発された最後の“リアル・メルセデス”といえるだろう。多くのクルマ好きが今も高く評価し続ける理由はそこにある。 TEXT/アップ・ヴィレッジ