Author: 円道秀和

「エスプレッソの源流”ビアレッティ”で味わうヨーロピアンコーヒースタイル」

「エスプレッソの源流”ビアレッティ”で味わうヨーロピアンコーヒースタイル」

イタリアに行ったなら、ホテルで朝食を取る前に散歩に出かけたほうがいい。街をぶらぶらしていると、多くの人でにぎわう店が必ず見つかる。BAR(バール)だ。 みな、カウンターで立ったまま朝食を取っている。訪れる人はまず店員に「Caffè」とひと言。そして横にあるブリオッシュやコルネットなどの甘いパンをひとつ取り会計を済ませたら朝のコーヒータイムだ。近所の人だろうか、知り合いを見つけて話し出す人もいる。 せっかくだから同じようにしてみた。店員と目が合い「Caffè」と注文。すると出てきたのは、見るからにクリーミーなカプチーノだった。ブリオッシュをひとつ取り支払うと、空いている場所へ移動する。隣でスマホを手にカプチーノを飲んでいた男性に英語で話しかけてみた。「Caffèと言うとこれ(カプチーノ)が出てきたんだけど」。すると彼は、なに言ってるんだこいつ、といった表情で「もちろん」と答えた。 「朝はカプチーノさ。午後はエスプレッソだけどね」 「どうしてカプチーノなの?」 「さぁ…。昔からみんな朝はカプチーノだね。でも昼を過ぎるとエスプレッソしか飲まないな。ディナーの後もエスプレッソを飲むよ」 そういうと「チャオ」と言い、店を出ていった。きっと仕事に向かったのだろう。 ボローニャの街角で触れたそんなイタリアの朝の風景は、この後、どんな田舎町に行っても見掛けることができた。イタリアにはあらゆる場所にBARと呼ばれるカフェがある。座席もあるが、誰もがカウンターでエスプレッソを愉しみ、さっと出ていく。BARはイタリア全土に10万軒以上あるらしく、どんな小さな町にも存在する。デミタスカップに入ったエスプレッソに砂糖をたくさん入れ、さほど混ぜずにクイクイッと飲む。最後に、底に溜まったエスプレッソが染み込んだ砂糖をスプーンで口にする人もいる。 昼下がり、ミラノの路地裏にあるBARで暇そうにしていた店員に、家では飲まないのかと聞いてみた。すると「家でも飲むよ。モカを使って淹れるんだ」と返ってきた。モカ? 明らかにそういった表情をしたのが伝わったのだろうか、こう教えてくれた。 「ビアレッティのモカさ。どの家にも1台はあるよ」 ビアレッティ社のマキネッタと呼ばれる抽出器具「モカエキスプレス」のことだ。アウトドア好きなら知っている人も多いだろうこのマキネッタ、手軽にエスプレッソを淹れられるコーヒー道具のひとつだ。そういえばカプチーノもエスプレッソにスチームミルクとフォームミルクを入れたもの。やはりイタリア人は、朝から晩までエスプレッソを飲んでいるのだ。日本でコーヒーといえばドリップコーヒーを指すが、イタリアではCaffè(カッフェ=コーヒー)といえばエスプレッソなのだ。 エスプレッソは高圧の蒸気で一気に抽出するコーヒーの一種だ。特殊な抽出法なので、淹れるには専用のマシンが必要になる。だからイタリアのBARには、必ずエスプレッソマシンが置いてある。どんな小さなBARにもある。そこで飲む苦く濃厚なエスプレッソ、そして家でモカを使って淹れたエスプレッソ、これがイタリア人にとっての“コーヒー”なのだろう。 気になったので「モカエキスプレス」について調べてみた。1933年、アルフォンソ・ビアレッティによって発明され、それまでBARでしか飲めなかったエスプレッソを家庭でも愉しめる飲み物に変えたという。発売されるやまたたく間にブームとなり、イタリア人の生活に溶け込んでいったそうだ。以来、現在に至るまで、基本的な構造やデザインは変わっていない。その完成度の高さは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の永久展示品になっていることが証明している。 調べていたら、なんだかイタリアの風景が懐かしくなってきた。せっかくだから、日本でもせめてコーヒーぐらいはイタリアを味わってみようと思い、ひとつ購入してみた。 使ってみると、なぜイタリア人に愛されているのかがよくわかる。とにかく簡単なのだ。最下部(ボイラー)に水を入れ、その上にコーヒー粉を入れたフィルターをセットして、上部を取り付ける。あとは火にかけるだけ。沸き始めると「ポコポコ」と音がしてくるので、上部のフタを開けて抽出されたコーヒーのたまり具合を確認。半分と少しあたりになったら、火から下ろして終了だ。ミラノのBARで店員が教えてくれた「粉は極細挽きではなく細挽き、火は弱火」のとおりにやると、エスプレッソらしいきめ細やかでなめらかなクレマ(泡)が作れた。 マシンで淹れたエスプレッソとは少々味わいは異なるが、手軽さは抜群。そして壊れようがないぐらいシンプルな構造。誕生から100年近くが経っても、いまだにイタリア人の生活に生き続けるビアレッティの「モカエキスプレス」。良いものは、どれだけ時が経っても色褪せず愛され続けることを物語っている。 TEXT/円道秀和