先進のテクノロジーを伝統のフォルムに包み隠した“端境期”の革新的サルーン「ジャガー XJ」(X350)

先進のテクノロジーを伝統のフォルムに包み隠した“端境期”の革新的サルーン「ジャガー XJ」(X350)

ジャガーといえば、イギリスを代表する高級車ブランドだ。それだけに、そのネーミングを耳にして思い浮かべるのは、格式や伝統、はたまた、アンダーステートメント(控えめな様)といったキーワードではないだろうか?

 

確かにジャガー(と同じグループに属すランドローバー)は、エリザベス女王、エジンバラ公、チャールズ皇太子のそれぞれから“ロイヤルワラント”の称号を授かる唯一の自動車メーカーであり、英国王室のみならず、イギリス首相を始めとするVIPたちも公用車として路用する格式あるブランドだ。また、ジャガーがこの世に誕生したのは1935年のことだが、オートバイのサイドカーを手掛けていた前身のスワロー・サイドカー・カンパニー(1922年創業)を含めれば、間もなく創業100周年を迎える老舗ブランドでもある。つまり、ジャガーのバックグラウンドには、イギリスの格式と伝統が息づいているのだ。

 

だからといって、アンダーステートメントの退屈なブランドでないところがジャガーの面白いところ。例えばジャガーは、第二次世界大戦後間もない1948年に、優れた性能と洒落たデザインを兼備した2シータースポーツカー「XK120」を発表し、世界中で高い評価を獲得。さらに、1951年のル・マン24時間耐久レースでの優勝を皮切りに、10年間で実に5 度のル・マン制覇を成し遂げるなど、モータースポーツの世界においても確固たる地位を築いてみせた。このように、クルマづくりにおいてもレース界においても、黎明期から挑戦を繰り返してきたブランドがジャガーなのである。

 

完成度の高いスポーツカーやレースでの活躍によって得た名声を武器に、ジャガーが1968年に発表したのがラージサルーンの「XJ」だ。英国内外のライバルにも劣らない優れた性能と、比較的リーズナブルなプライスを実現したXJは、瞬く間に高い人気を獲得。その結果ジャガーは、高級かつスポーティという独自のブランドイメージ構築に成功する。

 

以降、フラッグシップサルーンとしてジャガーのラインナップに君臨することになるXJ。その半世紀以上に及ぶ歴史の中で最もチャレンジングだったモデルといえば、2002年に誕生した“X350”だろう。

丸形4灯ヘッドランプや低くスマートなシルエットなど、X350のルックスは初代から継承される“XJのアイコン”を踏襲していたし、ウッドパネルを広範囲にあしらい、トランスミッションのセレクターに伝統の“Jゲート”を採用したインテリアなども、いかにもジャガーらしいものだった。そのため「X350はチャレンジングなモデルだった」といっても、ピンと来ない人も多いことだろう。

しかしX350の真価は、パッと見では分からないその骨格に隠されていた。技術的に製品化が困難な、アルミ合金製のモノコックボディを採用していたのである。

 

アルミ素材を自動車用部品として使うことの難しさは、主要素材である鉄と比べ、溶接が困難という点に尽きる。この難題に対して、ジャガーは航空機などで用いられていた“リベット接着”という技術を導入。さらに、アルミ製モノコックボディは万一の際の修理が困難だが、壊れた箇所を切り取って新しいパーツをリベット止めするという新たな手法を編み出すなど、さまざまな課題を解決してみせたのだ。ここ日本でも、当時のインポーターであったジャガー・ジャパンが、X350導入に併せて専用の修理センターを設置。アルミ製モノコックボディの導入に向け、インフラ面においても挑戦を繰り返した。

 

その結果、X350の骨格は、従来モデルに対して約4割も軽量に仕上がった。車重だけをみれば従来モデルとの違いはわずかだが、全長5090mm、全幅1900mm、全高1545mmとボディサイズがひと回り大きくなり、各種安全&快適装備がはるかに充実していたことを考えると、その効果は相当大きかったとみて間違いない。

 

さらに、アルミモノコックボディの採用で剛性が60%以上もアップしたボディが、乗り味の向上に効いていた。強固な骨格と精緻に動くサスペンションが路面からの衝撃を巧みにいなし、X350はまるで絨毯の上を行くかのようにフラットな車体姿勢をキープし続けたのだ。それは現代の目で見ても非常に洗練されたもので、まるで野生動物のジャガーの足下を支える肉球が、X350のサスペンションにも備わっているかのようであった。

 

また、軽く仕上がったボディの効果で、車体の大きさをドライバーが感じないというのも、X350も特徴。コーナーが続くワインディングでもヒラリヒラリと軽快に駆け抜けていくのが印象的だった。こうしたフィーリングは、比較的軽量なV6エンジン搭載車から、スーパーチャージャーで過給したハイパワーエンジンと締め上げられた足とを組み合わせたスポーティグレードまで統一されていたことから、強固なオールアルミ製モノコックボディ(と出来のいいサスペンション)の効果のほどがうかがえる。

ジャガーの親会社がフォードからインドのタタ・モーターズへと変わる激動の時代を生きたX350は、機械的に優れた魅力を備えていたにもかかわらず、ビジネス的には成功を収めることはできなかった。そして2010年には、後継モデルである“X351”へとバトンタッチし、フラッグシップサルーンとしての役目を終えている。しかし、X350で初めてトライされたアルミ製モノコックボディの発展版がX351にも採用されたことからも、X350の挑戦は決してムダではなかったことは明らかだ。

 

その後ジャガーは、2019年にX351の生産を終了。間もなく登場するであろう次期XJは、ピュアEV(電気自動車)になることがアナウンスされている。創業当時から挑戦を繰り返すことで確固たるブランドイメージを築き上げたジャガーが、今度はピュアEVのXJで新たな名声を獲得しようとしている。

TEXT/アップ・ヴィレッジ



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