バウハウスの理念にも通じる デザインだけで選びたい近未来の名車アウディ「TTクーペ」(Type 8N)

バウハウスの理念にも通じる デザインだけで選びたい近未来の名車アウディ「TTクーペ」(Type 8N)

1995年9月に開かれたIAA(フランクフルトモーターショー)に、アウディは1台のコンセプトカーを出展する。円をモチーフにしたデザインされたそのモデルは、フロントマスクや前後タイヤを囲むフェンダー、ルーフ、そしてリア回りがきれいなアーチを描いており、まるでUFOのようなカタチをしていた。

 

会場でそのモデルを目の当たりにした人々は、美しいデザインに心を惹きつけられた。しかし彼らの多くは、そのままの姿での市販化は難しいだろうと高をくくっていたという。それほどまでに、当時のカーデザインの常識では考えられない挑戦的なフォルムをまとっていたからだ。

しかし1998年9月、アウディが発表したブランニューモデルを見た人々は驚いた。1995年のIAAでお披露目されたコンセプトカーが、ほぼそのままの姿で市販化されたからである。子細に眺めれば、確かにリアのサイドウインドウが追加されていたり、ドアミラーの形状が変わっていたりと、ディテールこそ微細な変更が加えられていたが、ルーフラインや全体のシルエット、そして前後のデザインなどは、3年前に人々の心を惹きつけた、あの美しいUFOの姿そのものだったのだ。

■工業製品においても傑作を生んだバウハウス

こうしてセンセーショナルなデビューを飾った初代「TTクーペ」のデザインには、同じドイツに根ざしたバウハウスの思想に通じるものがある。

 

バウハウスとは、第一次世界大戦後の1919年に、ドイツ中部にあるワイマール共和国に設立された美術学校のこと。1933年までの14年間に幅広いジャンルのデザイン教育が行われた。中でも興味深いのは、工芸や写真、美術といった芸術分野だけにとどまらず、大量生産を前提とした工業化社会と芸術との関係性についてもカバーしていたこと。その教育理念は、現代デザインの基礎を構築したといわれており、現在もなお、建築やプロダクトデザインの分野に多大な影響を与えている。

 

そんなバウハウスの掲げるデザイン哲学のひとつが「形態は機能に従う」だ。可能な限りムダをそぎ落としたピュアデザインは、アール・ヌーヴォーの大流行に端を発するそれまでの装飾過剰なデザインに一石を投じた。そして、バウハウスのシンプルかつ機能的な造形手法は、家具、食器、フォントといった日常生活を彩る工業製品の分野において、さまざまな傑作を生み出していく。

■バング&オルフセンとの関係も初代TTクーペから

そんなバウハウスの歴史や思想を踏まえた上で初代TTクーペを眺めると、各部の設計やデザインにムダがないことに感心させられる。コンパクトなボディには似つかわしくない、大きく膨らんだ前後フェンダーは、スポーツカーらしく左右に張り出したタイヤを覆うためのものであるし、美しいアーチを描くルーフラインも、実はフロントシートに座る乗員の頭上空間を確保するという副次的な機能も有している。

 

またコックピットは、基調色である黒と、金属パーツによる鈍い光沢が絶妙なコントラストを描いているが、シフトレバーやエア吹き出し口の周囲などに多用されるこれら金属パーツはすべて、贅沢にも削り出しのアルミニウム材となる。ちなみに、その開発をサポートしたのは、デンマークのプレミアムオーディオブランドであるバング&オルフセン社だ。同社は今、アウディの上級モデルに搭載される車載オーディオシステムの開発を担うが、両社の関係は、初代TTクーペに使われたアルミ材の加工技術について、アウディが同社に協力を仰いだことが始まりとされている。

そんな初代TTクーペのルックスは、ボディに多くのプレスラインを刻み、派手で仰々しいフロントマスクを構えるなど、昨今の華美なカーデザインを見慣れた眼には非常に新鮮に映る。余計なものをそぎ落とし、機能を第一とした引き算の美学の上に成り立つそのデザインには、バウハウスの思想に通じるものがある。

■乗用車ベースとは思えぬスポーツカーらしい鋭さ

シンプルでありながら印象的という秀逸なデザインで多くの人を惹きつけた初代TTクーペだが、実はクルマづくりの面においても、世界中の自動車関係者たちに多大なる影響を与えた。

 

初代TTクーペはオリジナルのデザインを与えられたスポーツカーだが、車体の構造を始めとする基本的なメカニズムは、コンパクトハッチバックのアウディ「A3」や、同じグループのフォルクスワーゲン「ゴルフ」をベースとした。今でこそ、プラットフォームの共用化で多彩なモデルバリエーションを展開することは決して珍しいことではないが、初代TTクーペのデビュー当時は、スポーツカーは専用に仕立てたプラットフォームの上に成り立つもの、との考え方が一般的だった。そんな中にあって、乗用車とメカを共有し、スタイリッシュなスポーツクーペを生み出すという手法は画期的だったのだ。

 

もちろん、プラットフォームを共用するとはいえ、初代TTクーペはA3や4代目ゴルフに対してホイールベースが90mm縮められていた。そこに、ロー&ワイドというスポーツカーらしいスタイルと、低い車高による重心の低さが相まって、ハンドリングフィールは実にシャープ、かつダイレクト感にあふれるものだった。

 

そんな基礎体力の充実した車体が秘めるポテンシャルをフルに引き出すべく、初代TTクーペはエンジンも強化されていた。デビュー当初から設定された1.8リッター4気筒ターボは、ホットハッチの雄である「ゴルフGTI」用の150馬力/21.4kgf-mに対して、前輪駆動モデルで180馬力/24.0kgf-mを、4輪駆動の“クワトロ”仕様では225馬力/28.6kgf-mを発生。ほかにも、V6エンジン搭載モデルや、4気筒ハイパワーエンジン仕様も設定されるなど、リアルスポーツカーも顔負けの動力性能が与えられた。

 

その走りの鋭さは、現代の目で見ても印象的だ。アクセルペダルを深く踏み込めば、コンパクトな車体は弾丸が銃口から弾き出されるかのように強烈に加速する。スポーツカーらしいセッティングが施されたサスペンションの影響で、乗り心地は若干硬めに感じられるが、その分、コーナーが連続する峠道なども軽快に駆け抜ける。

もちろん、洗練された現代のスポーツカーと比べれば、荒削りな面も多々見受けられる。ハンドルやシフトレバーの操作フィールは剛性感があるものの、その分、重めで古典的。しかし、ムダをそぎ落としたピュアなデザインと同様、現代のスポーツカーが失ってしまった“操る楽しさ”を存分に味わわせてくれる。世界的に有名な往年のレース“ツーリスト・トロフィー”の頭文字からとられたネーミングは伊達ではない。

 

デザインで世界中の人々にインパクトを与え、クルマづくりの手法で世界の自動車関係者たちに影響を与えた初代TTクーペ。そんな一時代を築いた名車も、SUV人気の盛り上がりやクーペ人気の低迷、そして、避けることが難しい電動化などの荒波を受け、3代目となる現行型を持ってその歴史に終止符を打つことが決定している。アウディをプレミアムカーブランドという地位へと押し上げた立役者の評価は、この先、ますます高まることだろう。

TEXT/アップ・ヴィレッジ



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