レトロオープンの人気が再燃中!ボンドカーとして華々しくデビューしたBMW「Z8」

レトロオープンの人気が再燃中!ボンドカーとして華々しくデビューしたBMW「Z8」

作家イアン・フレミングの小説を原作とする名画『007』シリーズ。イギリス秘密情報部(MI6)に所属する主人公のジェームズ・ボンドが活躍する不朽のスパイアクション映画だ。

 

そんな同シリーズは、以前から巧みなプロダクト・プレイスメント(作品中に実在する商品や企業を登場させる広告手法)を用いていることでも有名だ。中でも注目度が高いのが、ボンドの愛車として活躍し、激しいカーチェイスを繰り広げる“ボンドカー”だろう。

 

3作目の『007/ゴールドフィンガー』でシリーズの人気を不動のものとしたアストンマーチン「DB5」や、『007は二度死ぬ』で特別仕立てのオープン仕様が登場したトヨタ「2000GT」、そして『007/私を愛したスパイ』で海へとダイブし、潜水艇仕様へと変身したロータス「エスプリS1」など、歴代ボンドカーはいつの時代も観る者はワクワクさせてきた。

 

ここに採り上げるBMW「Z8」も、1999年公開の『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』においてボンドカーに選ばれた1台で、ボンドカー仕様は、遠隔操作装置や小型ミサイルなどを搭載していた。劇中、敵のヘリコプターから吊された大型チェーンソーで車体を真っ二つにされるという“悲劇”を味わったものの、翌年の正式デビューへ向け、格好のアピールとなったのである。

■生産できたのは1日当たり10台ほど

2000年のデビューとは思えないほど、Z8のルックスはクラシカルだ。それもそのはず、Z8は1956年から1959年まで生産されたBMWの往年の名車「507」にインスパイアされたモデルであり、全体のフォルムやディテールに、ルーツとなった507へのオマージュが散りばめられていたからだ。

 

例えば、長いフロントノーズと、それとは対照的に短いフロントオーバーハング、そして、フロントタイヤの後方に位置し、サイドビューを引き締めるエアアウトレットなどは、507を想起させるデザイン処理。

一方、鉄板がむき出しだった507のそれを再現すべく、インテリアはダッシュボード全面に樹脂製のパネルが配される。

 

ちなみにこれらのデザインは、後にアストンマーチン「DB9」や「ヴァンテージ」のデザインを手掛け、その後、自らの名を冠した電動車ブランドをアメリカで立ち上げたヘンリック・フィスカーが手掛けたものである。

 

そんなクラシカルな内外装デザインとは対照的に、メカニズムは当時の先端を行くものだった。Z8は少量生産のスペシャルモデルということもあり、一般的なモノコックシャーシではなく、専用のスペースフレームシャーシを採用していたが、こちらは贅沢なアルミ製を採用。

また、同じくアルミ製となるボディパネルはプレス合金で成型されたもので、決して場当たり的に作られたクルマでないことがうかがえた。しかしその分、組み立てと仕上げにはかなりの手作業が必要とされ、生産可能台数は1日当たり10台ほどと限られていた。

 

Z8専用のアルミスペースフレームシャーシには、フロントにマクファーソンストラット式、リアにマルチリンク式という、当時としては最先端のサスペンションを装着。またパワーユニットには、4941ccの自然吸気V8エンジンが搭載された。

実はこのエンジンは、E39型「M5」と同じものだった。BMWのモータースポーツ活動や高性能モデルの開発を担う“BMW M”社が開発を担当したユニットで、最高出力は406馬力/6600回転、最大トルクは51.0kgf-m/3800回転をたたき出した。ちなみにBMWの公表値によると、静止状態から96km/hまで4.7秒で加速し、同160km/hまでは11秒でクリア。さらに最高速度は248km/hをマークしたという。

■BMW車らしく運転姿勢はピタリと決まる

デビューから20年以上が経過した今、改めてZ8と対面すると、その特別感に圧倒される。エクステリアは現代の目で見ても決して古くはなく、507へのオマージュが散りばめられたディテールも、今となってはオリジナティ豊かに感じられる。

 

中でも圧巻はリアからの眺め。緩やかにカーブを描くショルダーラインがそのままきれいにリアエンドへと連なって収斂し、そこに申し訳程度の細いコンビネーションランプが配される。シンプルでありながら確固たる個性を放つリアスタイルは、本当に美しい。かつては大柄なクルマだと思っていたが、全長は4400mm、全幅は1830mm、全高は1317mmと、肥大した現代の高性能車と比べると非常にコンパクト。その分、ルックスからは凝縮感が感じられる。

一方、ドアを開けてインテリアを眺めると、見事なまでに懐古調のデザインに統一されていることに驚く。スピードメーターやエンジン回転計はコックピット中央部にレイアウトされ、ハンドルはエアバッグを組み込んでいるとは思えないほどクラシカルなスポークデザインが目を惹く。また、シート生地を縫い合わせるステッチもひとつひとつが上等。大半がZ8専用品となるスイッチ類と相まって、高級かつスペシャルな雰囲気が充満している。

ドライバーズシートに収まり、センターコンソールにあるボタンを押して電動開閉式のソフトトップを開ける。20秒ほどで全開となる屋根が開くと、抜群の開放感が心地いい。また、ドライビングポジションがピタリと決まるのは、いかにもBMW車らしい美点だ。デザイン優先の一部のスーパーカーで見られるように、ドライバーに無理な姿勢を強いてくることがない。

 

エンジンを掛けてアクセルペダルを踏み込むと、さすがはM社謹製の強心臓、Z8は野太いエキゾーストノートを奏でながら力強く加速する。ゆっくり走っていてもコックピットは刺激的な快音に包まれるため、ドライバーはついついアクセルペダルを踏み込んでしまう。

 

M5譲りのV8エンジンには、吸排気系にそれぞれ可変バルブタイミング機構の“ダブルVANOS”が搭載されるが、その恩恵によってZ8は低回転域でも力強く、また高回転域では弾けるようにパワーを絞り出す。しかも、センターコンソールに備わる「SPORT」ボタンを押すと、エンジン制御がガラリと一変。V8エンジンは一段と快音となり、アクセルレスポンスも驚くほどアップするのだ。

ワインディングロードへ持ち込んでも、Z8の走りのキレは失われない。鼻面は長いものも、それを右へ左へと振って軽やかにコーナーを駆け抜け、ドライバーを高揚させる。それは、高剛性シャーシとしっかり動くサスペンション、そして路面状況を確実に伝えてくるステアリング系による賜物だろう。

■二度と誕生することのない貴重な存在

野生馬のごとき荒々しい加速と、洗練されたコーナリングフィールを兼備したZ8は、2003年の生産終了時までに合計5703台が生産された。ルーツとなった507の252台を上回ったとはいえ、ビジネス面では決して成功したモデルとはいいがたい。しかし今、Z8はその希少性もあってか、一部のスーパーカーと同様、非常に高値で取引される人気モデルとなっている。時の流れとは実に不思議なものである。

 

Z8はハンドメイドによる工程が多かったことから、当時BMWは1台生産するごとに多額の赤字を垂れ流していたともいわれる。生産性や利益効率への見方がシビアになった現代の自動車業界においては、二度とこのような特別なモデルが誕生することはないだろう。

TEXT/アップ・ヴィレッジ



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