Author: 早坂英之

一世紀以上も変わらぬ灯り。ドイツ生まれのハリケーンランタン「Feuerhand Lantern」

一世紀以上も変わらぬ灯り。ドイツ生まれのハリケーンランタン「Feuerhand Lantern」

100年以上経った今でも、愛され続けているランタンがある。ドイツの銘品「Feuerhand Lantern (フュアハンドランタン)」は、1893年にドイツ人技師のヘルマン兄弟とエルンストニーア兄弟の手によって誕生し、1902年には生産拠点となる「Hermann Nier Feuerhandwerk」を立ち上げ、1914年に「Feuerhand」の商標を取得。一世紀以上続くロングセラー、フュアハンドランタンが生まれた。 ドイツで生まれ、今なおドイツで作り続けられているフュアハンドランタン フュアハンドランタンは「台風や嵐が吹いても火が消えない」ランタンとして評判を集め、いつしか「ハリケーンランタン」と呼ばれるようになった。当時はまだ電灯が普及しておらず、一般家庭はもちろん軍用としても重宝され、その実力は世界にも広がり、1926年には「Firehand」の商標でアメリカでも登録されるまでに成長。誕生から約30年で、名実ともに世界ナンバーワン灯油ランタンとなる。   日本でも購入できる「Feuerhand Lantern Baby Special276(フュアハンド ベイビースペシャル276)」は、当時から作り続けられている同ブランドの顔。構造はそのまま、ボディーには亜鉛メッキが施され、さまざまなカラーリングで展開されている。製造はすべてドイツHohenlockstedt(ホーエンロックシュテット)の同社工場によるもの。100年以上続く「Made in Germany」が何とも誇らしい。   フュアハンド ベイビースペシャル276の構造について見ていこう。このランタンは灯油もしくはパラフィンオイルを燃料とする。燃料が芯に染み込むことで火が灯り、温められた空気が上部から放出される。一方で新鮮な空気が両サイドのチャンパー(管)を通ってバーナーに送り込まれ、燃焼が促進される仕組みだ。 火力調整ハンドルを回すと芯(ウイック)が出てくる。毛細管現象によって灯油が芯を伝わって先端まで染み込む。 燃料として使用するパラフィンオイル。もちろん、灯油も使えるが、煤(スス)が出てしまい、後片付けにちょっと手間がかかる。高純度石油系燃料のパラフィンオイルを使えば、黒ずむこともないので楽。 シンプルな構造ゆえ、修理は専門知識なく行なえる。メンテナンスも難しいことはない。それゆえ、昔は一般家庭の必需品だったものが、今ではアウトドアズマンが好んで使うようにもなった。現在では同じくドイツを本拠地とするペトロマックス社がフュアハンド ランタンの製造権利を持っており、ペトロマックスの加圧式灯油ランタンと合わせて市場を牽引。世界中のアウトドアズマンがペトロマックス“グループ”のランタンを使用している。なお余談だが、フュアハンドと人気を二分する存在が、1840年にアメリカ・ニューヨークで誕生した「DIETZ」。こちらは現在、中国で製造されている。 アウトドアユースとしてのフュアハンド ベイビースペシャル276 昨今のキャンプブームでは、さまざまなスタイルが生まれている。まるでホテルのようなグランピングや、サバイバル的に過ごすブッシュクラフト。はたまたひとりで楽しむソロキャンプなど、実に多彩だ。テントひとつとってもかつてのオールドスクールなロッジ型、ベーシックなドーム型だけではない。   インディアンが使うようなティピー型や、まるでサーカステントのようなベル型、ツーポール型。投げるだけでそこそこ立つ、ポップアップテントなども新しい。まさに日進月歩なアウトドアシーンにおいて、化石のようなフュアハンド ベイビースペシャル276は、クラシックスタイル・ブッシュクラフト寄りの人たちに愛用されている。   LEDライトやガス&ホワイトガソリンランタンと比べて圧倒的に光量が小さい。ゆえに、メインランタンとして便利かと言えば、そうではない。キャンドルランタンと同じぐらいなのが、フュアハンド ベイビースペシャル276だ。それでも前述のような高性能ランタンだと明る過ぎる。ムードを大事にしたいという人たちが好んで使用している。   焚き火の灯りを中心に、手元を照らすのはフュアハンド ベイビースペシャル276。使うごとに風合いも増していく、まさに相棒とも言える存在。何でも高性能なものが良いわけではない。小さな灯りはそう語っているかのようだ。 ボディーの色で、火を灯したときの雰囲気も変わる。限定色も出ており、プレミアランタンとして人気が高い。2020年はパールブラックベリーだった。

「ドクターマーチン、UKカウンターカルチャーのシンボリックな存在」

「ドクターマーチン、UKカウンターカルチャーのシンボリックな存在」

ファッションのみならず、カルチャーアイコンとしても有名な「Dr.Martens(以下ドクターマーチン。足の指を保護する硬いスチールトゥに、柔軟性と耐久性を併せ持つソールが特徴のこのワークブーツは、いつしかロンドンの若者たちが好んで履くようになった。 セックス・ピストルズ、ザ・フー、クラッシュなど、名だたるブリティッシュバンドが“労働者の象徴”たるドクターマーチンを履いて演奏し、キッズたちはプレイヤーに憧れてドクターマーチンを履くようになる。 油やガソリンなどでも滑らない。それでいて軽くて歩きやすいブーツとして人気を博した。ソールには「MADE IN ENGLAND」の文字が。 その後、シャツやポロシャツにサスペンダーを組み合わせ、頭を丸刈りにしたスキンヘッズたちが台頭。ドクターマーチンは狂信的なカウンターカルチャーの象徴としても扱われるようになった。 シューレースを足首に何十も巻いて履くスタイルが流行(「SKINS & PUNKS」Gavin Watson/Independent Music Pressより) 左右で異なるシューレースも(「SKINS」Gavin Watson/John Blake Publishingより) 当時の様子は映画「THIS IS ENGLAND(2016/インディペンデント映画)」でも描かれている。 ドクターマーチンはドイツ生まれ。ゴムタイヤを改造したエアークッションソール イギリスの音楽シーン、ロンドンのユースカルチャーとしてあまりにも有名なドクターマーチンだが、元々は1945年にドイツ人の医師、クラウス・マルテンスが開発したものだった。   クラウス・マルテンスは「スキーで怪我をした足に優しい靴を」という個人的な理由でエア・クッション・ソールを開発。友人のヘルベルト・フンクとともに商品化に成功し、ドイツで広く知られるようになる。   その後、ドクターマーチンはイギリスのビル・グリッグスへと渡り、同国でエア・クッション・ソールの製造特許を取得。医師、クラウス・マルテンスの名前を英語読みにした「ドクターマーチン」が誕生した。 履くほどに足に馴染む。おろしたてのマーチンは革が硬いので(昔のマーチンはみんな硬かったので)、厚手の靴下を履いて靴擦れを防ぐのが常だった。 番外編「ブリティッシュトラッドのクラークス」 ドクターマーチンがカウンターカルチャーを代表する一足ならば、同じイギリスで生まれた「Clarks(クラークス)」は、1825年から続くトラッドスタイルの代表格。   天然の生ゴムから作られている独特のクレープソールは、ドクターマーチンのエアークッションソールとは異なる履き心地を持つ。さながらやんちゃなドクターマーチンと、正統派なクラークスと言ったところ。 クラークスの名作、ワラビー。コンフォートシューズの礎を築いた一足。 番外編「ルーツはワークブーツ。ドクターマーチンとダナーの共通点」 ワークブーツとして生まれ、労働者階級でも購入しやすい金額という、ドクターマーチンと似た背景を持つ「Danner(ダナー)」。アメリカ、オレゴン州ポートランドで誕生したダナーは、1959年にビブラムソールを搭載。ハイキングブーツとして、人々が好んで履くようになった。   その後、1979年にゴアテックスファブリックを採用。現在のダナーの原型が生まれる。 ダナーライトのローカット(ラクロス・フットウエア製)。 ロンドンっ子がドクターマーチンを履けば、ポートランドの山男たちはダナーを履く。トラディショナルなクラークスも然り。現代でもそのスタイルは脈々と受け継がれている。

雨でも傘をささない英国人 バブアーとアクアスキュータムの絶大なる信頼性

雨でも傘をささない英国人 バブアーとアクアスキュータムの絶大なる信頼性

「英国人は雨でも傘をささない」というのは有名な話で、本当の話。例えばロンドンだと、年間降雨量が東京の1/3程度ほど。それでも日本のような梅雨があるわけでもなく、一年中、小雨が降ったり止んだりしている。まさに霧の街ロンドンだ。

傘をさしている人はまばら。おそらく観光客と思われる。

では、英国人がどのようにして雨をしのぐかと言うと、ジャケットにフードが定番。ラフな格好の学生もスーツをまとったビジネスマンも、フードをかぶって小走りしている姿をよく見かける。朝ならば片手にティーも持って、お昼時はフィッシュアンドチップスを。夕方過ぎのパブの前では、小雨のなか、フードをかぶってパイントビールとタバコで過ごす(英国ではパブの中での喫煙が法律で禁止されている)。

 

それほど「雨に濡れることをさほど気にしていない」「雨が降ったり止んだりするから」「そもそもめんどくさい」のが英国人たちの本音だ。そんな英国人たちだが、身だしなみには人一倍気を使う。雨をしのぐジャケットも、英国紳士はきちんとしたコートやジャケットを身にまとう。今でこそアウトドアブランドのレインウェアを着ている人も珍しくはないが、古くから英国の定番として人々に愛され続けているブリティッシュ・プライドを紹介しよう。

ハンティングにルーツを持つ2つのコート

英国生まれのコートといえばBURBERRY(バーバリー・1856創業)、Aquascutum(アクアスキュータム・1851年創業)が代表格。バーバリーといえば「バーバリーチェック」が有名だが、アクアスキュータムは「ガンクラブチェック」と呼ばれる伝統のハンティング柄。このチェックが同ブランドの顔となっている。

アクアスキュータム「LEIGHTON」。スリップオンなスタンダードコートで、カジュアルにもビジネスにもよく合う。

そして、ワックスドクロスのBarbour(バブアー・1894年)の定番ジャケット「BEAUFORT」もハンティング用に作られた製品。バブアー自体、もともとは港湾労働者たちのワークウェアとして誕生したブランドで、高い防水・防風性能は狩猟時の雨除けとしても重宝された。

バブアー「BEAUFORT WAXED COTTON」。ワックス仕立てのコートとして、あまりにも有名。

雨を防ぐ水の盾、アクアスキュータム

アクアスキュータムは、ロンドン・リージェントストリートの高級服仕立屋としてビジネスをスタート。防水加工を施したウール生地を作り出し、特許を取得。「アクアスキュータム」はラテン語で“水の盾”を意味する。

その機能性の高さから英国軍人から王室まで、幅広く好まれるブランドとなり、ウィントン・チャーチル、マーガレット・サッチャー元首相らも愛用者のひとりである。

 

前述のとおり、アクアスキュータムの裏地はガンクラブチェック柄。このパターンはハンティングユニフォームとして用いられている。英国においてハンティングは貴族のスポーツ。王室御用達ブランドがこのチェック柄を用いたのもうなずける。

水を弾く、強力なワックスドクロス

生地の表面をワックスでコーティングしたのが、バブアーのワックスドクロスコート。バブアーはイングランド北東部の港町、サウス・シールズで生まれたブランドで、水や風に強い生地が漁師や港湾労働者たちを寒さから守った。その後、過酷な環境下でも身を守れるライダースジャケットとしても人気を博すようになる。

バブアーの裏地は「ブラックウォッチチェック」と呼ばれるタータンチェック柄で、英国軍にも採用されたもの。バブアーはアクアスキュータムと同じく、王室御用達ブランドでもある。

 

ハンティングジャケットのBEAUFORT WAXED COTTONは、インナーやフードをオプションで付けることができる。とくにフードは、雨をしのぐ傘代わりにかぶるのにちょうどいい。

なお、ジャケットもインナーも、さほど洗濯しないのがバブアー流。汚れを拭き取るだけが基本で、シーズンオフには専用のワックスを薄く塗って保管する。この儀式がバブアーならではで、なんとも心地よい。

 

英国人は雨でも傘をささない、というのも、同国を代表する防水コート&ジャケットをみるとうなずける。けっして安いものではないが、ずっと着られる“定番”なのがうれしい。「一生モノ」を語れる逸品だ。

モッズとロッカーズとレインボーパレードの街、イギリス「ブライトン」の魅力

モッズとロッカーズとレインボーパレードの街、イギリス「ブライトン」の魅力

イギリスと言えば「ロンドン」。多くの日本人がそう思っているはず。だがそれは「日本といえば東京」と言っているようなもので、そもそもその国の一番有名なところしか見ていない。日本各地に素晴らしい場所があるように、イギリスにも一度は訪れたい、訪れてほしい都市や街、場所が多々ある。 今回はイングランド南東部の都市「ブライトン(Brighton)」を紹介したい。かつてモッズとロッカーズの大乱闘があったこの街、今では若者文化が根付いたカルチャーの街として、多くのイギリス人の若者が憧れる場所になっている。 ブライトン駅にて。ロンドンから電車で1時間半ほどで到着する。 ブライトンを語る上でモッズとロッカーズは欠かせない 1964年、ブライトンの海岸で若者たちが大乱闘を繰り広げた。細身のスーツにミリタリーパーカーをまとい、ベスパやランブレッタなどのスクーターで移動していたモッズと、革のライダースジャケットに革パンツのスタイルで、トライアンフやノートンにまたがっていたロッカーズ。着ている服や聴く音楽、乗るバイクまで異なるモッズとロッカーズはしばしば抗争を繰り広げていた。 ブライトンの海岸で起きた両者の衝突はその最たるもので、「ブライトンの暴動」「スタイル・ウォー」と呼ばれ新聞沙汰になったほど。その後、この事件は映画『さらば青春の光』(Quadrophenia・1979年制作)となって後世に語り継がれている。 なお、2011年に作られた映画『ブライトン・ロック(Brighton Rock)』は、モッズとロッカーズの時代背景に加え、当時のブリティッシュギャングの抗争を描いたもの。両方の映画を観るとブライトンの歴史がよく分かる。余談だが、ブライトン・ロックは街で売られているお土産の“飴”のこと。金太郎飴のようにどこで切っても同じ絵柄で人気だ。 モッズvsロッカーズの大乱闘の舞台となった遊園地 観光地でもあるブライトンには遊園地「ブライトン・ピア(Brighton Pier)」がある。海のうえに迫り出すようにして建てられたこの遊園地、昼は家族連れや子供たちで賑わい、夜はカップルのデートの場所として人気だ。桟橋からの景色に「この海岸でモッズとロッカーズが抗争したのか」「この桟橋からスクーターが落とされたのか(映画・さらば青春の光より)」などを思う。 ブライトン・ピアの屋内入り口。看板の前がインスタ映えするポイント 施設内には絶叫系ほか、メリーゴーランドのような癒し系もある 「桟橋から飛び込むな」の注意看板。かつての抗争時代にはここから人やバイクなどが投げられたのだろう モッズとロッカーズの抗争があった海岸 マイノリティーに寛容な街 ブライトンでは年に一回、レインボーパレードが開催されるなど、LGBTなどのマイノリティーに対して理解がある街としても有名。肌の色も話す言葉も、性別さえも超えた「人としての尊重」をとても大事にする傾向にある。レインボーパレードが開催されている期間は街全体がお祭り状態。世界各国から人々が参加し、パレードで盛り上がり、パブでさらに盛り上がる。 世界中から参加者が集まるレインボーパレード。パレードの最中は人混みでぎゅうぎゅうな状態。それでもみんな楽しそう ブライトン博物館&美術館(Brighton Museum & Art Gallery)前にて。イギリス国内で最古の美術館としても有名な美術館も、レインボーパレードの日ばかりはお祭りモード モッズとロッカーズが抗争を繰り広げたブライトンの街は、今ではイギリスで一番ラブ&ピースな場所として人々に愛されている。それでもブライトンが今も昔もカルチャーを生む若者の街なのは変わらない。ロンドンも良いけど、1時間ちょっと足を伸ばしてブライトンを訪れてみては。 海岸沿いを走るヴォルクの電気鉄道(Volk’s Electric Railway)。1883年に運行された世界で最も古い電気鉄道だ。鉄道好きにもブライントンの街はおすすめ Author: 早坂英之

あの素晴らしきクラシックカメラをもう一度「ペンタックス67」

あの素晴らしきクラシックカメラをもう一度「ペンタックス67」

生き馬の目を抜くカメラ市場。各社こぞって軽量小型化を進め、それでいてフルサイズ、高感度・低ノイズ、高速シャッターに手ブレ補正など、技術革新に抜かりはない。一方でオールドレンズやクラシックカメラを愛でている人たちも一定層おり、InstagramなどのSNSでは新旧さまざまなカメラのオーナーたちが「いいね」で繋がっているのだからおもしろい。 最近ではカメラ好きな若い人たちの間でも、オールドレンズやクラシックカメラが持つ、独特の雰囲気が好まれている。淡く、ふんわりと優しい印象の仕上がりは、フィルターや画像加工では表現しきれない味がある。それゆえ、ひと昔前のカメラを中古で手にする人たちが増えているという。 横浜元町にて(ペンタックス67で撮影) まるで鈍器のような中判カメラ「バケペン」 昭和50年代男の筆者にとって、青春時代のカメラと言えば「写ルンです」。修学旅行には写ルンですを2つ3つ持っていき、友人や街並みなど、何も考えずにパシャパシャ撮影していた。ひとつ100gにも満たない写ルンですは持ち運びも容易で、今でいうスマホのカメラみたいにお手軽な存在だった。 そんな写ルンです全盛時に、写真家やプロカメラマンたちの間で使われていたのが「PENTAX(以下ペンタックス)67」、通称「バケペン」。まるでバケモノのように大きなペンタックスだからと、バケペンと呼ばれるようになった。 デジカメしか知らない娘(当時4歳)は、カメラの背面に液晶モニターがないことを不思議がる。 ペンタックス67は、1967年に初代「ASAHI PENTAX 6×7」が発売され、その後シリーズを重ねて1998年の「PENTAX 67II」を最後に生産が終了した。レンズ込みで2kgを超える重さと角張ったルックスはまるで鈍器のよう。ウッドハンドルがちょうどいい具合に振りかぶれる位置にある。 昔のカメラマンはヘビー級なペンタックス67を手で持って、ブレることなく撮影していたのだから恐れ入る。 手持ちで撮る時は息を殺して、呼吸をせず、死んだようにシャッターを押す。ガシャンと響くシャッター音に被写体もビビる。 このカメラは67判と呼ばれる中判カメラで、35mmのフィルムサイズの約4.4倍の大きさにあたる。使用するブローニーフィルムは12枚撮りで1000円ほど。現像代で約750円、プリントで12枚1000円ぐらいだとしたら、1枚写真にするのに220円ほどかかるのだから、中途半端な気持ちではシャッターが押せない。これがまた良い。 写真一枚の単価にビビればビビるほど、シャッターチャンスを大いに逃すが、撮影に慣れてくると被写体に「動かないで!」と、オーダーするようになる。ブレをできる限り減らすためには自分はもとより、撮られる側にも緊張感が必要だ。その結果、だいたい記念写真みたいな仕上がりになる。 子供たちをアイスで釣って、できるだけ動かないように言い聞かせる。もちろん三脚で固定して、失敗しないよう最新の注意を払って撮影した。 経費も時間もかかる、でもそれが良い フィルムカメラは撮ってすぐに見ることができない。ラボ屋さん(現像屋さん)に持って行って、プリントの種類を指定。なかには仕上げのトーンなどの相談にのってくれるお店もあり、それだけ出来上がりのワクワク感はひとしお。これはデジカメでは味わえない(失敗ばかりの凹みようも、デジカメでは体験できないツラさだ)。 なお、デジカメ慣れしていると、ペンタックス67のシャッターを押す度に、あるはずがない背面モニターを確認してしまって苦笑いする。 完全にブレてる。明るさが足りない室内撮りはとても難しい(左)。観光名所を撮ったはずだが、なんだろうこれ…。写ルンですで撮ったものと大差ない(右)。2枚で440円ほどの出費、勉強代なり。 ファインダーにマグニファイヤー(拡大鏡)を付けてみる。ピント合わせがより丁寧に行えるので、導入後の失敗が少なくなった。もちろん被写体は直立不動だ。 ハッシュタグ「#カメラ好きと繋がりたい」 お店によっては現像した写真をCD-Rに入れてデータ化してくれるサービスもある。フィルムで撮った写真をインスタにアップして、ハッシュタグ「#カメラ好きと繋がりたい」を添えれば、同じ趣味や世界観をもった人たちと「いいね」でつながることができるのだから、やらない手はない。また、SNSだと同じカメラを持っている人を見つけることも簡単なので、「どんな感じに撮っているのかな」と、作例をみるだけで勉強になる。 カメラは高性能で便利な最新機種も良いけど、ちょっと古くて扱いが難しいクラシックカメラも楽しいもの。予算と時間と根気が許せば、もっともっと撮影して使いこなせるようになりたい。たまに、というよりも頻繁に「もう使うの止めた!」と、自分の腕の無さに諦めるのだが、決まってまた触りたくなる。もしかしたらスリスリ触れているだけで満足なのかもしれない。

「バンクシーで振り返るイギリスのストリートアート文化」

「バンクシーで振り返るイギリスのストリートアート文化」

街そのものをキャンパスとして、道路や壁、標識などに落書きするグラフィティアート(ストリートアート、ミューラルとも)。文字や記号、絵など、その手法はさまざまで、無許可でペンキやスプレーで描くことから迷惑行為とも違法行為ともされてきた。そのため、グラフィティアートの多くは人目に触れない深夜にひっそりと行なわれ、ほとんどのアーティストは正体を隠して活動している。

 

世界で一番有名なグラフィティアーティスト、バンクシー(Banksy)も、正体不明な人物のひとり。彼について分かっていることと言えば、イギリス西部の港湾都市、ブリストル(Bristol)出身だということ。顔はおろか、どんな経歴で何のために絵を書いているのか、バンクシー本人とその側近以外は誰も知らない。ただひとつだけ分かるのは、彼の作品は社会に対しての風刺であり、皮肉を込めたメッセージだということ。

 

そんなバンクシーの作品は、イギリスはもとより世界中で見つかっており、中には約1億5500万円もの値段がオークションでついたものもある。とはいえ、バンクシー自体はオークションによって高値で売買されることを是とせず、落札後された絵が額縁に隠されたシュレッダーで粉々になるというパフォーマンスも行なっている(オークション会場のサザビーズでは、突如シュレッダーが動き、皆があっけにとられたほど)。

バンクシーといえばネズミが有名だが、ショッピングカート(Trolleys)を題材にすることもある。「Trolley Hunters」
パレスチナ問題を抱えるイスラエルの壁に突如として現れた「Flower Bomber」。火炎瓶の代わりに花束を。
警察から職務質問を受ける、オズの魔法使いのドロシー。「Stop & Search」

日本でも小池百合子都知事がバンクシー作品と思われるネズミアートと記念撮影をしたり、横浜や大阪で『バンクシー展 天才か反逆者か』が開催されたりなどバンクシー人気は高い(横浜会場は2020年3月15日~9月27日、大阪会場は2020年10月9日~2021年1月17日まで)。

バンクシー展より、本人をイメージした展示物。バンクシーは常にパーカーのフードをかぶっており、投稿動画でもシルエットだけ分かる。

グラフィティアートで巡る、イギリスの旅

バンクシーのみならず、イギリス、特にロンドンは世界的に見てもグラフィティアートが盛んな場所。建物の所有者が落書きではなくアートとしてあえて残したり、公共の場所で合法的にグラフィティアートが許可されたりしている場所もある。

 

そのクオリティは非常に高く、観光客がアートを前に写真撮影する光景も珍しくない。写真はロンドン東部の街、ブリックレーン(Brick Lane)の巨大グラフィティアート。移民の町としても知られるブリックレーンは、いつしか労働者、学生、アーティストなどが集まるようになり、カルチャーの発信地として注目されるようになった。そのひとつが街の至るところに描かれたグラフィティアートで、有名になる前のバンクシーの作品が残っているほど、街全体がアートに対して寛容的だ。

Crane on Hanbury Street, Brick Lane London

建物の側面に大きく描かれたこのグラフィティアート。右のサギはベルギー出身のアーティスト、ROAによるもの。ROAは動物を専門に描くことで有名で、ヨーロッパやアメリカでも彼の作品を見ることができる。

 

そのすぐ左に並び描かれているのは、アルゼンチン出身のMartin Ronによるブレイクダンスを踊る衛兵「HAPPY HOUR」。両作品ともブリックレーンを代表するグラフィティアートとして人気を集めている。

 

ROA unofficial fan page on Facebook : https://www.facebook.com/ROAStreetArt

Ron Muralist | Official Site : https://ronmuralist.com.ar/

古きよき街並みにグラフィティアートがよく馴染む

古いものを大事にするイギリス人にとって、中世の時代から続く建物はざらにある。日本では歴史的建造物として保管されそうなものが、イギリスでは普通に人が住んでいるというのもよくある話。B&B(民泊)やパブとしても利用されている。

 

驚くことに、古くから残る建物にグラフィティアートが描かれていることもしばしば。日本人にとっては考えつかないことでも、イギリス人にとっては当たり前のことで、レンガ造りの建物もペンキやスプレーで描かれたアートもすべて含めて街の景観となっているのだから、懐の深さを感じる(もちろん、アート性がないものはイギリス人でも怒る。家のガレージにスプレーでFXXKなど書かれると即通報するレベル)。

 

ロンドンをはじめ、至るところで見られるイギリスのグラフィティアートカルチャー。名もなきアーティストの作品を見るうちに、「もしかしたら未来のバンクシー?」「あれ? これってバンクシーじゃない?」と、空想を膨らますのも一興だ。ありきたりのイギリス旅では満足できない人はぜひ試してみてほしい。

ロンドンのマイル・エンド地区にて撮影(Mile End)。長いトンネルの端から端まで、グラフィティアートで埋め尽くされている。
ブライトン(Brighton)の一角にて。バイオリンを弾く男の足元にはバンクシーの象徴でもあるネズミが…と、思いきや、バンクシーとは異なるサインとアナーキーマークが。
キャンプ発祥の地イギリスにみる、「マイペース」が大事な英国式アウトドアスタイル

キャンプ発祥の地イギリスにみる、「マイペース」が大事な英国式アウトドアスタイル

野営が「キャンプ」と呼ばれるようになったのは19世紀頃のこと。イギリスで産業革命が起こり、機械生産によって工業が発展すると、人々は余暇時間を楽しむことができるようになった。その結果、休日になると人々は街から郊外へと移動し、自然のなかで過ごすピクニックが流行。サイクリングやカヌーなどのアウトドアアクティビティも定着し、テントを張る人たちも出始めるようになる。それまでは軍事行動や生活手段のひとつでもあった野営が、英国人たちによってレジャーのキャンプへと変化させていった。 また、青少年の野外活動を行なうボーイスカウトもイギリス生まれ。ボーイスカウトの起源は、イングランドの軍人にして作家、ロバート・ベーデン=パウエルが1907年にイギリスの小島、ブラウンシー島で実験的なキャンプを行なったのが始まりとされる。翌年にはロンドンにボーイスカウト英国本部を設置。1910年にはパウエル卿の妹、アグネス・ベーデン=パウエルが、ガールスカウトを設立した。なお、余談だが、パウエル卿は日本の武士道を賞賛し、乃木希典陸軍大将とも交流があったという。   昨今人気のアウトドアウェア、ギアの多くがアメリカのブランドだけに、「キャンプの本場はアメリカでしょ?」と思っている人が多い。たしかに“本場”と言えばアメリカかもしれない。広大なスペースに大型のキャンプングカーで乗り付けて何日も過ごす。はたまた、大きな庭で親戚や友人を招いてBBQ、いかにもアメリカらしい。   でもキャンプ発祥の地、英国人たちもアメリカ人に負けず劣らずアウトドア好き。本場ほどスケールは大きくないが、手入れが行き届いたイングリッシュガーデンでピクニックしたり、紅茶とサンドイッチをもって公園に行ったりと、日常のなかにアウトドアが根付いている。   国土の大きさが日本の2/3ほどのイギリスでは、大きなキャンピングカーやトレーラーを使うのではなく、どちらかと言えば日本的なキャンプスタイルが主流。街乗りの乗用車にキャンプ道具を積めて、郊外のキャンプ場へと向かう。キャンプ場は予約制なことが多いのも日本と同じ。高規格とされるキャンプ場には売店を兼ねた受付があり、トイレやシャワー、ランドリーなども備える。ユニークなのはキャンプ場の近くにパブがあったり、フィッシュアンドチップスの販売が場内で行なわれていたりすること。キャンプ場で過ごしていても、やっぱりパブでビールが飲みたい英国人たちは、テントを離れていそいそとパブに向かう。 イギリス南部のWest Sussex州にあるキャンプ場「Blacklands Farm Caravan and Camping」。広大な敷地にフリーサイトあり、電源サイトあり、トレーラースペースありと充実。 キャンプ場でもフィッシュアンドチップス。青空の下、ビール片手に食べるフィッシュアンドチップスは最高。イギリス滞在中の楽しみはビール、パブ、フィッシュアンドチップスに尽きる。それはキャンプ場でも変わらない。 タープよりもツールーム、トンネルテントが主流 日本のキャンプシーンではテントにオープンタープの組み合わせが主流。タープがあれば雨の日でも濡れずに過ごすことができ、テントよりも開放感がある。難燃性のタープなら、雨が降っていても幕の下で焚き火ができるのだから快適そのものだ。   一方のイギリス的キャンプスタイルは大型のテントをどんと立てて、そのまわりにチェアを並べるのが一般的。あくまでも居住スペースの主役はテントで、オープンタープを見ることはほぼなかった。英国人は多少の雨なら傘を差さずにフードだけで乗り切る。もしくは小走りで移動し、傘を使うのは稀なのだから、もしかしたらタープを使わないのは傘を使わないから? とも思ってしまう。 イギリスのキャンプ場で見る一般的なサイト。乗用車にテント、チェアのシンプルなスタイルだ。英国人に言わせると「日本人のキャンプはクレイジー。まるで引っ越しだ」とも。 そんなイギリス式キャンプだが、隣のテントサイトとの間に「陣幕」のような敷居(目隠し)を設営する人がとても多い。日本でも少しずつ増えてきた陣幕スタイルだが、イギリスではキャンプ場の受付に簡易的なものが販売されているほどポピュラーな存在。レジャーシート3枚の組み合わせでできた陣幕が、ひとつ2000円ほどで販売されている。人々はこの陣幕を買って、自分や仲間たちとのサイトの囲いを作る。 ところどころに見える陣幕のスペース。この中でBBQをしたり、フットボールしたり、ビール飲んで芝生の上でゴロゴロしたりする。 また、大型テントも日本では見たことがないモデルが多く、多くのキャンパーが空気でたてるエアー式テントを使っていたのも印象的。テントを広げ、ポールの代わりに空気入れでポンピングして設営するこのスタイルは、たてるのは非常に簡単だが片付けるのはなかなか大変なもの…。撤収時に空気が抜けきらず、多くのキャンパーがスタッフバッグに収納するのもそこそこに(チャックが閉まらない)、クルマのラゲッジルームに押し込んでいた。   ただ、大型テントは居住性バツグンなのは確か。雨が降ったらテント内のリビングスペースで過ごせばいいというのもうなずける。 テントを広げたら家族みんなでポンピング。日本ではそこまで普及していないが、イギリスでは多くのキャンパーがエアー式テントを利用していた。 イギリス式、無理しないキャンプごはん 「日本人のキャンプはあれこれしなくてはいけなくてとても忙しい」とは、日本でのキャンプ経験がある英国人のコメント。確かに日本だと、キャンプ場に到着したらテントやタープを設営して、お昼ごはんも作って食べて、気づいたらもう夕方で晩ごはんの支度と大わらわ。何かにつけて動いていることが多いのは、きっとあれもこれも完璧にしたいせいだと思う。   イギリスでのキャンプは、テントを立てて、チェアを並べたら本を読んだりおしゃべりしたり、ビール片手に芝生でゴロゴロ(ここでも!)したりする。いかにもピクニックの延長のようなリラックスムードで、決して無理はしない。お腹が空いたら持参したサンドイッチを食べて、夕方になったらいよいよBBQ。それでも食材をふんだんに使ったり、スキレットやダッチオーブンで手の込んだアウトドア料理をしたりでもなく、サクっと食べてあとはビール飲む。日本人でも一度このスタイルを体験すると「無理しなくていいんだなー」と、アウトドアでの簡単なごはん(弁当やインスタント)でも気にしなくなるから非常に楽だ。 BBQグリルは小型のファイヤーピットを利用。炭はガソリンスタンドで購入した成型炭で、火のつきがよく、簡単に使える。 パンはツーバーナー(LPガス式)で焼く。トーストしながらお湯も沸かせて、フライパンで他の料理もできる一石三鳥のアウトドアギアだ。 持参した食材をパンで挟んでサンドイッチに。これにBBQで焼いた肉を一緒に食べる。数日このメニューが続くと飽きるので、その場合はフィッシュアンドチップスにゴーだ。 イギリスの伝統的豆料理、ベイクドビーンズも忘れてはいけない。日本人がキャンプ場で白米を食べたりお味噌汁を飲んだり、はたまた蕎麦やラーメンを食べるのと同じ感覚でベイクドビーンズを食べる。スクランブルエッグと混ぜると美味しい。マーマイトを付けたトーストともよく合う。 英国人にとってキャンプは自然のなかで過ごす癒しの時間。過度な快適さを求めるでもなく、便利さを追求したり見た目を気にしたりもない。「のんびりマイペース」な過ごし方が、文化的にも根付いているのだろう。自然に飽きたらパブに行ってビール飲んで、フットボールの話に花を咲かせて再びテントに戻る。ビールだけはキャンプ場でもパブでも飽きずに飲み続けられるのだから不思議だ。

「フィッシュ・アンド・チップス」で知るイギリスにおける伝統的なパブの楽しみ方

「フィッシュ・アンド・チップス」で知るイギリスにおける伝統的なパブの楽しみ方

今も昔もイギリス人にとっての憩いの場所、それがパブ(Pub)。どんなに小さな町や村にも必ずパブがあり、その数は日本でのコンビニエンスストア以上だ。それらパブの多くが古い建物の中にあるのは、地震などで建物が倒壊することなく、かつ、古さや歴史を重んじるイギリスならではだろう。 イングランド南東部に位置する都市、ブライトンにあるパブ「THE HARTINGTON」。文字が崩れ落ちて、地元の人からは「HE TIN TON」と呼ばれている。 もし、現地でパブに行く機会があったら建物のなかにも目を配ってみてほしい。ビール片手に中世からの傷や(おそらく)かつての落書き跡などを、想像を膨らませて見つけるのも一興だ。 日本人にとってあまり身近な存在ではないため、「パブって大人がお酒を飲むところでしょ?」と思っている人が多いかもしれない。お酒を飲むところはそのとおりだが、イギリス人にとってパブは、居酒屋でもあり喫茶店でもレストランでもある。 イングランド南東部ケント州カンタベリーにあるパブ「The Dolphin」の中庭にて。 日中に子どもを連れてパブランチして、食後に休憩がてらパブでお茶して、夜は「誰かいるかな?」と、のぞいてみるのがパブの正しい使い方。夜のパブは何件かハシゴするのが当たり前なので、一日に何度もパブに行く。それだけに、イギリス人にとってはなくてはならない存在だ。 大学の構内にもあるパブ イギリスの法律では18歳からお酒を飲むことができる。そのため、大学の構内(校舎内)にはスチューデントパブがあり、日夜学生たちの憩いの場所として利用されていて、非常に活気がある。いくつもの校舎や寮があるような大きな大学では、それぞれにパブがあって、学部棟ごとのパブハシゴも楽しい。 イギリスの大学は「入るのは日本や韓国よりも難しくないけれど、卒業するのは困難」と、言われているが、パブに入り浸り過ぎて勉強がおろそかになっている学生も一定数いる。 お店の人気を左右するパブランチ フィッシュ&チップスのマッシーピー添え。衣がクリスピーでむちゃくちゃ美味しい。 パブの定番ごはんと言えば、フィッシュ&チップスとサンデーミール。フィッシュ&チップスはご存知イギリスの国民食で、タラなどの白身魚にビールを混ぜた衣を付けて、カリッと揚げたもの。そのフライに大振りなポテトフライを添えて、ビネガーをたっぷりかけて食べるのがイギリス流。なお、日本のファストフードなどで食べる細い形状のいわゆるポテトは「フレンチフライ」と呼ばれる別の食べ物だ。 このフィッシュ&チップスと一緒に食べる、マッシーピー(Mushy Peas)も人気が高い。グリーンピースを潰して味付けしたもの。ミントを混ぜることもあり、香りや風味の良さが魅力。オイリーなフィッシュ&チップスに添えることで、一服の清涼剤的な効果もある。 フィッシュ&チップスはどのパブでも看板メニュー。それだけに「うちのがナンバーワン」「この町で一番の味」と、パブの従業員はもちろん、常連客までもが胸を張る。 パブ以外にもフィッシュ&チップス専門店は街中に無数にあり、ケバブでも深夜まで売っているほど。夜にパブをハシゴして、締めのラーメンならぬ、締めのフィッシュ&チップスもイギリスならでは。ビネガーを浸すぐらいたっぷりかけて、むせるぐらいがちょうどいい。 イギリスの大学は「入るのは日本や韓国よりも難しくないけれど、卒業するのは困難」と、言われているが、パブに入り浸り過ぎて勉強がおろそかになっている学生も一定数いる。 ブライトンの街並み。ちょっと歩けばすぐにフィッシュ&チップス屋さんが見つかる。 一方のサンデーミールは日曜日のお昼に家族でパブごはんする定番メニュー。ローストポークやローストチキンに、シュークリームの皮のようなヨークシャープディングを添えて、肉汁たっぷりとグレイビーソースをかけて食べる、ボリューミーなプレートだ。 イギリスの代表的なサンデーミール。ボリュームたっぷりなワンプレートは、ビールとの相性抜群! ヨークシャープディングをグレービーソースに浸しながら食べる、とにかく食べる。 大抵のパブでは前日までの事前予約が必要。パイントビール(568ml)片手にもりもり食べていると、お店の人が「ヨークシャープディングもっと食べる?」と、サービスしてくれることも。 日本では小さいころから居酒屋に行くことはまれだが、イギリスでパブはごはんを食べる場所でもあるので、子どものころから馴染みが深い。フィッシュ&チップスやマッシーピー、サンデーミールを食べていた子どもたちが、大人になってビールを飲みながら、友だちとワイワイ楽しむ。そのパブには共通してルールがあるのを、ご存知だろうか。 子どもも大人も、日曜日のお昼はみんなでわいわいパブミール。 パブのオーダーは目配せ気配せ 平日週末問わず賑わうパブでは、カウンターまわりに注文待ちの客がわらわらと集まる。どのパブでもその場で注文して、商品と引き換えにお金を支払うキャッシュオンデリバリー方式が基本だ。とはいえ、そのカウンターで飲んでいる人もいるので、パッと見、誰が注文待ちなのかわかりにくいもの。もちろんきれいに並ぶということはない。 では、どのようにして注文できるかというと、お客さん同士でだいたいの順番を理解しており、「Who’s next?(次はどなた?)」「Yes, I am. / me.(私です)」「After you.(お先にどうぞ)」など、声をかけながらオーダーが進む。強引に割り込むとまわりにも迷惑がかかり、何しろ他の人の目線が痛い。注文するためにカウンター近くまで行ったら、まわりの状況を見ながら自分の番を待つべきだ。 また、複数人でパブに行ったら、誰かひとりがまとめて注文しにいくのもパブルール。その際、「My Turn.(僕の番ね)」と声をかけて、人数分おごるのが注文しにいく人の役目。2杯目になると他の人が「My Turn.」「Your Turn.」になって、それが3杯目、4杯目となって、仲間内みんなでおごり合う。そのため、飲み干すスピードを合わせるのが重要で、早い人がいると全員のピッチが自然と上がる。 4人で行って4杯飲んだら(全員がターンを終えたら)、次のパブに向かって、そこでも同じターンの繰り返し。それを2軒3軒と繰り返すうちに、お腹がたぷたぷになってきて、もう量は飲めない! となったときにはショットで乾杯&グイッと飲み干す(繰り返し)。ふらふらになりながら、深夜にケバブでフィッシュ&チップスをオーダーして帰路につく。 もちろんこれは極端に「飲む!」という例だが、それでなくても2軒3軒は当たり前。それでも酔いつぶれる人が少ないのは、イギリス人は体質的にお酒に強いのだろう。なお、パブや道端で酔いつぶれるのはマナー違反なので、飲み過ぎには気をつけるべき。ターンもそこそこに「I’m enough.(限界です)」も必要だろう。もちろん、次の日もパブタイムがあるのだから。…